誰かのレールじゃなくていい。私が辿り着いた「しあわせ」のたどり着き方

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この記事で分かること

  • 誰かの理想に流されない幸せの見つけ方
  • 自分にとっての本当の幸せの定義を知る方法
  • 小さな喜びを見つけ日常を満たすコツ

あんなに晴れ渡っていた空が、いつの間にか厚い雲に覆われている。窓の外を眺めながら、私は淹れたてのコーヒーを一口飲んだ。少し前までパートナーとの新しい価値観を共有するのに必死だったけれど、ようやく少し落ち着いて、自分の足元を見つめ直せるようになった気がする。

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世間が描く「理想のしあわせ」に振り回された日々

誰もが羨むような豪華な結婚式。素敵なマンションでの暮らし。可愛い子どもたちに囲まれて、いつも笑顔で……。テレビや雑誌、SNSを開けば、そんな「理想のしあわせ」の型が、これでもかとばかりに提示されている。正直、私もずっと、その型にはまろうと必死だった。

20代後半、周りの友人たちが次々と結婚していくのを見るたびに、焦る気持ちは募るばかりだった。私だけが、このしあわせのレールから外れていくんじゃないか。そんな不安に押しつぶされそうになったのを、今でもはっきりと覚えている。

婚活を始めたばかりの頃なんて、まさにその典型だった。プロフィールの写真一枚にしても、周りの意見ばかり気にして、本当の自分とはかけ離れた写真を選んだり。婚活パーティーでも、相手の男性が「どういう女性を求めているか」ばかりを考えて、自分の気持ちは二の次にしてしまっていた。結果、当たり障りのない会話ばかりで、結局連絡先を交換したのは、そのパーティーで出会った人の中では2人だけ。しかも、その2人とも、その後は続かなかった。空回りばかりだった、あの頃の私。

「そろそろ結婚しないとね」なんて、親戚の言葉に傷ついたり。「良い人いないの?」という友達の何気ない問いかけに、うまく笑えなかったり。そういうたびに、世間の描く「しあわせ」という名のプレッシャーが、じんわりと私を締め付けてくるような気がしたんだ。客観的に見れば、私自身は別に不幸ではなかったはずなのに、あの頃の私は、なぜか満たされない気持ちを抱えていた。

私の心には、いつの間にか「~であるべき」という強固な思い込みが根付いていたんだと思う。完璧なキャリア、完璧なパートナー、完璧な暮らし……。どれもこれも、私が本来求めていたものではなく、どこかで見た「理想像」をなぞろうとしていただけだった。だから、少しでもその理想から外れると、ひどく落ち込んだ。まるで、ゴールが見えないマラソンを走らされているような気分だった。

でもある日、ふと思ったんだ。この「しあわせ」って、本当に私が望んでいるものなんだろうか、って。誰かのための「しあわせ」を追いかけているだけなんじゃないかって。

あの頃の私は、自分自身の本当の「しあわせ」の形を、見失っていたんだと思う。周りの声ばかりを気にしすぎて、自分の心の声が聞こえなくなっていた。まるで、雑音だらけの部屋で、大切なメロディを聞き逃しているようなものだった。自分を縛り付けていたのは、他でもない私自身の「思い込み」だったんだ。

このことに気づけたのは、本当に幸運だった。そうでなければ、私はずっと、誰かの理想を追いかけ続ける、終わりのない旅を続けていたかもしれない。今では、あの頃の自分を、少しだけ愛おしく思える。あの迷いがあったからこそ、今の私があるって、そう思えるから。

私の価値観を再構築するきっかけになった出来事

そんなふうに、世間の「しあわせ」にがんじがらめになっていた私だけど、ある出来事が、私の価値観を大きく揺さぶった。それは、本当に些細なことだったんだ。

マッチングアプリを始めて、最初の8ヶ月、マッチングが1件もなかった時期。あの頃は、もう本当に絶望の淵にいた。毎日アプリを開いては、ため息をつくばかり。周りの友達は、次々と素敵な出会いを報告しているのに、私だけが取り残されているような孤独感にさいなまれていた。正直、もうアプリなんて辞めてしまおうか、とも何度も思った。

そんなある週末、たまたま実家に帰省した時のこと。母が庭で、丹精込めて育てていた薔薇が、それはもう見事に咲き誇っていたんだ。その美しさに、私は思わず息をのんだ。朝露に濡れた花びらが、キラキラと輝いていて、本当に息をのむような光景だった。それを見ていたら、なぜか、涙が止まらなくなった。

別に悲しいわけじゃなかった。ただ、ただ、その薔薇の美しさに、心が震えたんだ。それまでずっと、私は「結婚」とか「パートナー」とか、大きなものばかりを追いかけていた。でも、その時の私は、目の前の、ただ美しい花に、深い感動を覚えていた。それが、私にとって、紛れもない「しあわせ」だったんだ、と、その時、はっきりと理解した。

あ、そうそう。その時、母が言った言葉が、今でも心に残っている。「みく、見てごらん。どんな花も、それぞれのペースで咲くのよ。早咲きの花もあれば、ゆっくりと時間をかけて咲く花もある。どれも、それぞれの美しさがあるでしょう?」。その言葉が、まるで私の凍りついた心を溶かすように、じんわりと染み渡ったんだ。

その瞬間、私の頭の中にあった「こうでなければならない」という固定観念が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。それまで、私は自分を、周りの「しあわせ」の基準に合わせようと必死だった。でも、母の言葉と、目の前の薔薇の美しさが、私に教えてくれたんだ。「自分のペースでいいんだ。自分の咲かせたい花を咲かせればいいんだ」って。

そこから、私の「しあわせ」の基準は、大きく変わっていった。豪華なものや、誰かに見せびらかせるようなものではなく、自分の心が本当に満たされる瞬間に、目を向けるようになったんだ。

例えば、朝、淹れたてのコーヒーをゆっくりと味わう時間。お気に入りの本を読みながら、時間を忘れて没頭するひととき。友人と、他愛もない話で、心から笑い合う瞬間。そういう、ごく当たり前の日常の中にこそ、本当の「しあわせ」が隠されていることに気づいたんだ。

それまでは、そんな小さな喜びなんて、意識したこともなかった。むしろ、そんなことを感じる余裕すら、なかったのかもしれない。でも、一度気づいてしまえば、そこかしこに「しあわせ」の欠片が散らばっていることに、驚くばかりだった。

もちろん、これはあくまで私の例。人によって、心を揺さぶられる瞬間は違うだろう。でも、きっとあなたにも、日常の中に、ふと心が温かくなるような瞬間があるはずだ。それを見つけることが、自分の「しあわせ」の基準を再構築する、第一歩になると思う。

誰かの価値観に流されるのではなく、自分自身の「良い」という感覚を信じること。それが、どれだけ自分を強くするか、私は身をもって知ったんだ。

私がたどり着いた、揺るがない幸せの定義

たくさんの遠回りをして、ようやく私がたどり着いた「しあわせ」の定義は、拍子抜けするほどシンプルだった。それは、「自分の心が穏やかで、満たされていると感じる瞬間」だということ。

この定義は、誰かに評価される必要もないし、誰かと比べる必要もない。ただ、私が私として、心地よく生きているかどうかのバロメーターなんだ。そして、この定義にたどり着いてから、私の日常は劇的に変わった。まさに、色眼鏡を外したように、世界が鮮やかに見え始めたんだ。

以前の私は、目標を達成することばかりに囚われていた。婚活もそうだったし、仕事もそう。でも、今は違う。目標はもちろん大切だけど、それよりも、目標に向かうプロセスそのものを楽しめるようになった。毎日、少しずつでも、自分の心が満たされる選択を積み重ねていくこと。それが、私にとっての「しあわせ」なんだと、心からそう思える。

例えば、パートナーとの関係もそうだ。以前なら、「結婚」というゴールに向かって、完璧な関係を築こうと躍起になっていた。でも今は、目の前のパートナーと、今日一日、どれだけ心地よく過ごせるか。たわいもない会話で笑い合えるか。美味しいご飯を一緒に食べられるか。そういう、ごく日常の小さな瞬間に、深い喜びを感じるようになった。

以前、結婚を意識したパートナーとすれ違いがあった時、私はかなり落ち込んだ。あの頃の私は、「こうあるべき」という理想の結婚像に縛られていたから、少しでも理想と違う現実を突きつけられると、すぐに絶望してしまっていた。でも、今の私は違う。パートナーと意見が食い違っても、それは「違う意見がある」というだけのことであって、私たちの関係が壊れることではないと理解できる。むしろ、お互いの価値観を深く知る機会だと、前向きに捉えられるようになった。

あの時のすれ違いは、私にとって大きな学びだった。自分の理想ばかりを押し付けても、誰もしあわせにはなれない。お互いの「しあわせ」の形を尊重し合うこと。それが、本当の意味での「しあわせ」につながるんだと、心からそう思った。

主観的な幸福感は、客観的な環境よりも個人の価値観に大きく影響されます。

これは、私が心理学の本を読んで知ったことだけど、まさにその通りだと思う。どんなに恵まれた環境にいても、自分の価値観が満たされていなければ、人は「しあわせ」を感じられない。逆に、たとえ困難な状況にあっても、自分の価値観に沿った生き方ができていれば、人は「しあわせ」を感じられるんだ。

この「揺るがない幸せの定義」を見つけてから、私は本当に強くなった気がする。もう、誰かの評価に怯えることもないし、周りの声に振り回されることもない。だって、私の「しあわせ」は、私が決めることだから。

それは、まるで自分の中に、確かなコンパスを手に入れたような感覚。どんな荒波の中でも、このコンパスがあれば、自分の進むべき方向を見失うことはない。そんなふうに、私は今、思えている。

日常に隠された小さな喜びを見つけるワーク

自分の「しあわせ」の基準を自分で決める。そうは言っても、具体的にどうすればいいのか、迷ってしまう人もいるかもしれない。だから、私が実際にやって効果があった、いくつかのワークを紹介したい。

1. 「心が動いた瞬間」を書き出すノート

これは、私が「しあわせ」の定義を見つけるきっかけになった、薔薇のエピソードからヒントを得たものだ。毎日、どんなに小さなことでもいいから、心が「ちょっといいな」と感じた瞬間を、ノートに書き出すんだ。

例えば、「朝、目覚めたら、カーテンの隙間から柔らかな光が差し込んでいた」「通勤中に、可愛い犬を見かけた」「ランチで食べた定食が、予想以上に美味しかった」「仕事で、ちょっとしたミスを挽回できた」「帰宅途中に、ふと空を見上げたら、綺麗な夕焼けが見えた」……。本当に、そんな些細なことで構わない。

最初は、「こんなこと書いて意味あるのかな?」って思うかもしれない。私もそうだった。でも、1週間、2週間と続けていくうちに、自分の心がどんな瞬間に喜びを感じるのかが、だんだん見えてくるんだ。

私の場合は、自然の美しさや、美味しいものを食べた時、そして、誰かに感謝された時、あるいは、誰かの役に立てた時に、心が満たされることが多いと分かった。そうやって、自分の「好き」や「心地よさ」の傾向を把握することで、意識的にそういう瞬間を増やせるようになる。

ちなみに、このノートは、人に見せるものではないから、どんなに恥ずかしいことでも、正直に書くのがポイント。自分の心の声を、素直に書き出す練習だと思って、やってみてほしい。

2. 「ありがとう」を伝える習慣

感謝の習慣を持つ人は、そうでない人に比べて幸福度が高いという研究結果があります。

これは本当にその通りだと実感している。私は、毎晩寝る前に、今日一日あった出来事の中で、感謝したいことを3つ、心の中で唱えるようにしているんだ。

例えば、「今日も一日、健康でいられたことに感謝」「パートナーが、私の話を聞いてくれたことに感謝」「美味しいコーヒーを飲めたことに感謝」。これもまた、どんなに小さなことでも構わない。

最初は、ちょっとわざとらしいと感じるかもしれない。でも、これを続けていくと、本当に心が穏やかになるんだ。感謝の気持ちで一日を締めくくることで、ネガティブな感情が浄化されるような感覚になる。そして、翌朝には、新しい気持ちで一日を始められる。これは、本当におすすめのワークだ。

それに、感謝の気持ちを伝えるのは、相手にとっても嬉しいことだよね。私は、パートナーや友人、家族にも、積極的に「ありがとう」と口に出して伝えるようにしている。そうすると、相手も笑顔になってくれるし、その笑顔を見ることで、私自身もまた「しあわせ」を感じられる。まさに、良い循環が生まれるんだ。

この感謝の習慣は、私にとって、心の栄養剤のようなもの。心が疲れた時や、少し落ち込んだ時でも、この習慣があるおかげで、すぐに立ち直ることができる。まるで、心に太陽の光を当てるような、そんな効果があるんだ。

3. 「やらないことリスト」を作る

私たちは、「何をやるか」ばかりに目が行きがちだけど、「何をしないか」を決めることも、同じくらい大切だと思う。

私の場合は、「自分を責めること」を「やらないことリスト」の一番上に入れている。以前の私は、少しでも失敗すると、自分を徹底的に責めていた。5年片思いした同期に告白してやさしく断られた時も、「もっと早く告白していれば」「もっと可愛ければ」なんて、自分を責めるばかりだった。でも、それは、結局自分を苦しめるだけで、何も解決しないんだと気づいた。

だから、「自分を責めない」と決めた。代わりに、「次にどうすればいいか」を考えるようにした。そうすることで、落ち込む時間は短くなったし、前向きに物事を捉えられるようになった。

他にも、「SNSで人と比較すること」とか、「嫌な誘いは断ること」とか。自分にとって、心の負担になることを、「やらないこと」として明確に決める。そうすることで、心のスペースができて、本当に大切なことに集中できるようになる。

このワークは、特に忙しい人や、周りに気を使いすぎてしまう人に、ぜひ試してみてほしい。自分の心を「しあわせ」で満たすためには、まず、余計な荷物を下ろすことが大切なんだ。

これらのワークは、どれもすぐに始められることばかり。特別な道具も、お金も、必要ない。ただ、あなたの「気づき」と「実践」があれば、きっとあなたの「しあわせ」の基準も、少しずつ変わっていくはずだ。

よくある質問:私の「しあわせ」は、本当にこれでいいの?

ここからは、私自身も経験した疑問や、読者の方からよくいただく質問に答えていきたいと思う。

Q1: 私が感じる「小さな幸せ」って、周りから見たらつまらないものじゃないかな?

私も昔はそう思っていた。周りが豪華な旅行やブランド品をSNSにアップしている中で、私が「今日の空が綺麗だった」とか「スーパーで半額になったお惣菜が美味しかった」なんて書いても、誰にも響かないんじゃないか、って。でも、それは全くの間違いだった。

あなたの感じる「しあわせ」は、誰にも奪うことのできない、あなただけの宝物だ。それに、本当にあなたのことを大切に思っている人は、あなたがどんなことに「しあわせ」を感じていようと、それを否定したりしない。むしろ、あなたの感性を尊重してくれるはずだ。

それに、考えてみてほしい。本当に「しあわせ」を感じている人ほど、他人の「しあわせ」を否定したりしないものだ。もし、あなたの「小さな幸せ」を嘲笑ったり、否定したりする人がいるなら、それはその人が、心のどこかで満たされていない証拠なのかもしれない。だから、気にすることなんてない。あなたの心が喜ぶことを、何よりも大切にしてほしい。あなたの「しあわせ」は、あなただけのものなのだから。

Q2: ずっと一人でいることに不安を感じる。それでも「しあわせ」って言えるの?

「結婚がしあわせ」という価値観が根強い社会の中で、一人でいることに不安を感じるのは、ごく自然なことだと思う。私もそうだった。マッチングアプリで8ヶ月マッチングゼロだった時期は、このまま一人で生きていくのかな、と真剣に悩んだこともある。

でも、考えてみてほしい。パートナーがいれば「しあわせ」で、いなければ「不幸」という単純なものではないはずだ。パートナーがいる人の中にも、悩みや困難を抱えている人はたくさんいる。逆に、一人でいても、毎日を充実させて「しあわせ」を感じている人もいる。

大切なのは、今のあなたが、どんな状態であれ、自分の心の声に耳を傾け、自分なりの「しあわせ」を見つけることだ。もし、パートナーがいないことで寂しさを感じるなら、それはあなたの正直な気持ち。その気持ちと向き合いながら、どうすれば心が満たされるのかを考えてみよう。

友人と会う時間を増やす、新しい趣味を見つける、ボランティアに参加してみる……。方法はいくらでもあるはずだ。そして、もしあなたが「やっぱりパートナーが欲しい」と感じるなら、その気持ちを大切にして、一歩を踏み出せばいい。でも、焦る必要はない。あなたのペースで、あなたの「しあわせ」を探し続ければいいんだ。

これは、あくまで私の個人的な意見だけど、本当に自分自身で「しあわせ」を感じられる人は、誰かと一緒でも、一人でも、充実した日々を送れるようになる。「誰かにしあわせにしてもらう」のではなく、「自分でしあわせを見つける力」を身につけることが、何よりも大切だと思う。

Q3: 経済的な余裕がないと「しあわせ」になれない気がする

経済的な安定は、確かに心のゆとりを生む大きな要素だ。それについては、私も否定しない。お金があれば、選択肢は増えるし、ある程度の安心感も得られるのは事実だ。でも、経済的な豊かさが、そのまま「しあわせ」に直結するわけではない、と私は思っている。

私自身、20代の頃は、とにかくお金を稼ぐことばかり考えていた時期があった。でも、いくら稼いでも、心が満たされない。いつも「もっと、もっと」と、どこか飢えたような感覚だった。それは、私が「しあわせ」の基準を、外側のものにばかり求めていたからだと思う。

もちろん、無理な節約をしろとか、お金を気にせず浪費しろ、という話ではない。ただ、「お金がないからしあわせになれない」と決めつけてしまうのは、少しもったいないと思うんだ。

私の友人で、決して裕福ではないけれど、毎日を本当に楽しそうに生きている人がいる。彼女は、自分で作ったアクセサリーをフリーマーケットで売ったり、近所の公園でピクニックを楽しんだり。お金をかけなくても、自分なりの「しあわせ」を見つけるのが本当に上手なんだ。彼女を見ていると、「しあわせ」って、本当に心の持ちよう一つで変わるんだな、とつくづく思う。

もちろん、将来への不安は誰にでもある。だからこそ、今できることを少しずつ始めるのが大切だ。例えば、少額でも貯金を始めてみる。家計簿をつけて、無駄を見直す。そういう小さな積み重ねが、将来の安心感につながる。そして、その過程で、今あるものに感謝できるようになったり、工夫する喜びを見つけたりすることもできるはずだ。貧しいから「しあわせ」になれない、というのは、思い込みに過ぎないことが多い。

そういえば、昔読んだ本にこんなことが書いてあった。「人は、お金が増えることで一時的に幸福度が上がるが、ある一定のラインを超えると、それ以上は幸福度は上がらなくなる。むしろ、人間関係や健康、自己成長といった要素が、幸福度に大きな影響を与える」と。これもまた、主観的な幸福感は、客観的な環境よりも個人の価値観に大きく影響されますという研究結果と通じるものがあるな、と感じた。

Q4: 他人の意見を聞きすぎないようにするにはどうすればいい?

これは、本当に難しいことだよね。特に、親や親友など、大切な人からの意見だと、どうしても聞き入れてしまう気持ちはよくわかる。私も、5年間片思いしていた同期に告白する前、友人たちに「もっと積極的にアプローチすべき」とか「告白しても脈はないんじゃないか」とか、色々な意見をもらって、そのたびに心が揺れたのを覚えている。

でも、彼ら彼女らは、あなたのことを思って言ってくれている。そこには、悪気はない。ただ、彼らの価値観や経験に基づいて、アドバイスをしてくれているだけなんだ。だから、まずは、その気持ちを受け止めることが大切だ。相手の意見を頭ごなしに否定するのではなく、「そういう考え方もあるんだな」と、一旦受け止めてみる。

その上で、自分の心の声に耳を傾けるんだ。「私はどうしたいのか?」「何が、私の心を一番穏やかにするのか?」と、自分自身に問いかけてみる。そして、もし、相手の意見が、あなたの心の声と違うと感じたら、無理にそれに従う必要はない。

「アドバイスありがとう。でも、私はこうしたいと思うんだ」と、自分の意見を、丁寧に、でもはっきりと伝える練習をしてみよう。最初は勇気がいるかもしれないけど、これを繰り返すことで、自分の意見を尊重できるようになるし、周りの人も、あなたの意思を尊重してくれるようになるはずだ。

私も、婚活中、「そろそろ結婚しないと」という世間の声に、本当に苦しめられた。でも、ある時「私は私のペースで、私が本当にしあわせだと思える人を見つける」と、心に決めたんだ。そうしたら、不思議と心が軽くなった。周りの声は、あくまで参考意見。最終的に決めるのは、あなた自身なんだから。

さあ、あなただけの「しあわせ」を探す旅に出よう

私は、たくさんの迷いや失敗を繰り返しながら、ようやく自分なりの「しあわせ」の形を見つけることができた。それは、誰かに与えられるものではなく、自分自身の心で見つけるものだった。

この旅は、決して平坦な道のりではなかった。時には立ち止まり、時には引き返しそうになったこともあった。でも、その一つ一つの経験が、今の私を強くしてくれたんだと、心からそう思える。

あなたの「しあわせ」の基準は、きっと、私とは違うものだろう。それでいい。だって、私たちは、それぞれ違う人生を歩んでいるのだから。誰かの真似をする必要なんて、どこにもない。

ただ、この旅には、一つだけ、守ってほしいことがある。それは、自分自身の心の声を、何よりも大切にするということだ。

「これは、本当に私が望んでいることなのかな?」「これをすることで、私の心は満たされるのかな?」

そうやって、常に自分自身に問いかけながら、一歩一歩、進んでいけばいい。道に迷ったら、一度立ち止まって、深呼吸をしてみる。そして、もう一度、自分の心の奥底に耳を傾けてみる。

さあ、あなたも、あなただけの「しあわせ」を探す旅に出てみない?

きっと、その旅の先に、あなたを包み込むような、温かい光が待っているはずだから。

このブログを始めたのが、今のパートナーと出会ってから、もう2年近くになる。多くの記事を書いてきたけれど、このメッセージが、一番伝えたいことだったのかもしれない。

このブログは、恋愛に不器用だった著者の実体験を綴るストーリーです。
シーズン2「別れと再構築の先に」

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ストーリーの最後

今日からできるアクション

  1. 心が穏やかになる瞬間を意識して記録する
  2. 自分の「こうあるべき」という思い込みを書き出す
  3. 自分の心が満たされない「やらないこと」を決める

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